▼神奈川新聞21面 2015年7月8日(水) から引用

鎌倉の歴史的建造物、市が解体計画

 世界遺産を目指したこともある古都鎌倉市で、歴史的な建造物の解体計画が相
次いで浮上している。市立御成小学校の敷地内に隣り合う旧講堂と旧鎌倉町立図
書館、そしてJR北鎌倉駅脇の素掘りのトンネル。3件の所有者である市は老朽
化を挙げるが、鎌倉に溶け込んだこれらの点景を愛する市民は、行政の消極性に
暗然としている。地域の景観や風情に対する理解も愛情もないのか、と-。
(斉藤 大起)
不作為に募る不信感

■20年近くも放置

「そんなことが許されていいのか」。松尾崇市長が
6月12日の市議会で「撤去も含め夏休み前までに方針
を決定する」と発言したのを聞き、かつて保存活動に
関わった一人は驚きの声を上げた。「残すことに決ま
っていたではないか」
そう、決まっていたはずだった。市は1996年、
御成小の校舎改築計画に関する報告書に、講堂を「そ
のまま修復保存して利用する」と明記。98年には保存
を前提にした詳細調査を実施し、補強や修復の工事の
細目まで定めていた。
以来17年。同校の改築計画に携わり、現在は講堂の
「保存活用をめざす会」の幹事を務める市内の建築
家、福澤健次さんは「市が何もしない間に建物の劣化
が進んだ」と悔やむ。
そもそも御成小の校舎改築に至る間には、30年以上
前から保存や改築の方法、さらに埋蔵文化財の扱いな
どをめぐって市やPTAなどが激論を交わした経緯が
ある。講堂を残し伝えることは、その産物だった。
「市民が議論に費やした時間を無駄にしてはならな
い」と別の専門家も、放置の末に撤去案を持ち出した
市に不信感を募らせる。市学校施設課は「財政上の問
題で修復費用が予算化できなかった」と説明する。

■老朽化は本当?

「木製の窓枠の所々が腐って危ない。老朽化が激し
い」。講堂と向かい合うように立つ旧鎌倉町立図書館
の建物を指し、市管財課は説明する。それを根拠に昨
年、解体予算として2860万円を予算化した。しか
し、耐震診断などの調査は実施していなかった。
一方、専門家の見立ては異なる。保存を求める市民
が呼び掛け、建築家ら約20人がボランティアで行った
5月中旬の詳細調査。翌月早々に出された中間報告で
は「頑丈で耐震性は十分に高い」「長期の使用に耐え
られる」と判断された。窓枠の腐食は部分的で、「致
命傷」ではなかった。
中間報告はまた、旧図書館だけでなく講堂、御成小
の校門(旧御用邸門)の三つを「近代鎌倉の貴重な街
並み景観」と価値づけた。

 ■解体迫る二元論

 「なぜ保存か解体かの二元論しかないのか」。「緑の
洞門」とも呼ばれる北鎌倉駅脇のトンネル。住民らで
つくる北鎌倉緑の洞門を守る会(北鎌倉史跡研究会)
代表の出口茂さんは、市が進める洞門の「開削」計画
に疑問を投げかける。
市道路課は昨年8月、洞門を岩盤ごと削り、高さ10
㍍の擁壁で固め道路を拡幅する開削計画を提示。今年
4月下旬には、剥離などにより「利用者に対して影響
が及ぶ可能性が高い」として通行止めにした。
「親しまれた景観の維持と安全性の両立は可能だ」
と出ロさんは言う。実際、隣の逗子市に好例がある。
「鎌倉七切通」の一つ、名越切通だ。突き出た岩にボ
ルトを打ち込んだり、亀裂に接着剤を注入したりして
強度を高めた上で、古道の風情を残している。
同会は5月、トンネル工学の第一人者である小泉淳
・早稲田大創造理工学部教授に独自に調査を依頼し、
「すぐに封鎖するほど傷んでおらず、今ある景観を残
して安全性を高める方法もある」との所見を得た。

 ■“人質”は安全性

 「トンネル推定破壊モード」と題し、トンネル崩壊
の過程を順に描いた6枚の断面図。「山が崩壊し土砂
が線路に流入、重大事故の恐れも」という趣旨の説明
文。昨年秋、鎌倉市が洞門周辺の各戸に回覧した文書
だ。しかし後に、断面図の山の高さが実際よりも高
く、ゆがめて描かれた疑いが浮上。市の説明は当初の
「崩壊」から「剥離」へとトーンダウンした。
「危険性を強調し解体の正当性を主張する論法は洞
門、旧図書館に共通する」。2月に市内で開かれた旧図
書館の保存シンポジウムで、参加者の一人はそう指
摘した。「危険性」とは日常の保守管理が不十分だっ
たことの表れでもある。不作為と老朽化の悪循環、と
いう構図が重なる。
洞門の場合、「27年前に坑ロの一部が剥落」(市道
路課)したが、市は特段の対策を行わなかった。小泉
教授は、同会が6月に開いた住民集会で「もっと早く
木の根を伐採し、岩のひび割れを防ぐべきだった」と
話した。講堂も同様だ。屋根のスレート材のアスベス
ト(石綿)含有が6月の市議会で取り上げられ、土壌
調査の実施に発展したが、そもそも屋根は、98年の段
階で「全面に渡り葺(ふき)直す」と計画されていた。

 ■文化財以前に…

 市文化財課はこれら3件について「残すかどうかは
市全体で決めることだ」とコメント。洞門に関しては、
67年に円覚寺が国史跡に指定された際に除外されたこ
とを理由に「史跡としての価値はなく、残す必要はな
い」と断言する。
市歴史まちづくり推進担当は1日付の広報紙で「法
の基準によって定める歴史的風致以外にも、それぞれ
の地域で大切に守られてきた歴史的な建造物や行事」
がある、と「広い意味での文化財保護」を呼びかけた
が…。本音は「中世の史跡が多くて近代遺産に手が回
らない」(同担当)。
だが、論点はそこではない。「残すべき文化財」と
いう文言は、「文化財でなければ壊して構わない」と
いう価値観の裏返しでもある。そこには重要な感覚が
欠落していた。市民の財産は、手直ししてできるだけ
長く使うこと、そして、古いものは新たな価値を生む
可能性を秘めている、ということ。キーワードは「既
存のストック(資産)の活用」。新築より安い費用で
修繕し、新築にはない良さを見いだす考え方だ。
不動産コンサルタント会社、エアリーフロー(東京
都新宿区)を経営する建築家の藤木哲也さんは、古い
住宅の改装を手がけた経験から「新築と保存とを、投
資効果の面から冷静に比較すべきだ」と話す。「旧講
堂や旧図書館は鎌倉駅から徒歩数分、建物も魅力的で、
残して活用すれば新たな価値を生むだろう」
現実論を踏まえつつ、最後に73年制定の鎌倉市民
憲章を引用する。「わたくしたちは、鎌倉市の歴史的遺
産と自然及び生活環境を破壊から守り、責任を持って
これを後世に伝えます」