岡田りぽーと

鎌倉市議会議員 岡田かずのりの考えたこと

私のふるさと(1993年1月26日付け「神奈川新聞」掲載)

福岡県の筑豊地帯にある、宮田町という小さな町に生まれた。炭坑町で、今は見ることのできないボタ山が幾つもあった。塩井川という川の上流は澄んでいて、近所の遊び仲間と泳ぎに行ったり釣り に出かけたりした。
近くに山の神があって、春には町内で大人たちが花見を楽しんで いたことを記憶している。当時は、炭坑地区に職員風呂と工員風呂があり、工員風呂はとても大きく、飛び込んで泳いではしかられた。父は貝島炭坑で働いていて、炭じん爆発後の救助班に編入され、 私が零歳の時に二次災害で失明した。以来、マッサージ師として生 計を立てた。母とよくボタ山に行き、石炭を拾い、冬の燃料の一部 にしたことも楽しい思い出となっている。

後年、ふるさとを求めて何回も帰ったが、そのたびに町の様相は 一変していた。ボタ山は火を噴き、露天掘りが山の神をなくし、その跡は見事な湖となっていた。ただ、川だけが石炭を洗うことから解放されて、下流まで澄んで流れていた。

東京に生まれた人が「ふるさとのある人がうらやましい」と言うのを耳にする。が、ふるさとを思い出すたびに、今も私は胸が締め付けられる思いがする。