北鎌倉「綠の洞門」開削問題


▼神奈川新聞21面 2016年(平成28年)4月7日(木) 引用

文化人や住民が愛した北鎌倉の景観の一つ、「緑の洞門」と称される素掘
りの「北鎌倉トンネル」を山ごと切り崩す開削工事が迫る中、事業{.keyword}主体の鎌
倉市の正当性が揺らいでいる。市が根拠としてきた落石の危険性について、
トンネル工学の第一人者は「安全性は担保できる」と反論。現場に隣接する
円覚寺{.keyword}も、前最高責任者が「開削はむちゃくちゃだ」と声を上げた。景観と
安全を両立する対案が住民から出される中、それでも、ささやかな情景は失
われるのか。
(斉藤 大起)

北鎌倉「綠の洞門」開削問題

■権威の反論

「現状の洞門は少し手を入れれば安全性を担保できると思わ
れます」。トンネル工学の権威、小泉淳・早稲田大理工学術{.keyword}院教
授は明言する。保存を求める市民を通じ、3月末に出したコメ
ントの一節だ。小泉教授は昨年、市が日本トンネル技術協会{.keyword}に委
託して同トンネルの安全性を検証した際の検証委員の一人で、
公然と市の決定に反論するのは異例といっていい。
検証委員は、トンネルのある岩塊の安定性を調べるととも
に、補強して保存する場合と、開削する場合の費用対効果を検
証。その報告書を踏まえ、市は昨年8月末に開削を決定した。
報告書自体は判断材料を提供しただけで、開削の是非の結論
は出していない。だが、小泉教授は今回のコメントで、委員会
を開いた市の姿勢について「結論ありき」の方針が「これほど
明確な委員会はほかになかった」と指摘。安全性については
「景観に配慮した補強方法も十分に考えられます」と保存
の可能性も示した。これに対し、市道路課は「小泉教授も含め4
人の委員の意見が入っており批判は当たらない」と反論する。
情景は失われるのか

■揺らぐ根拠

開削の理由は「総合的な判断」(同課)。具体的には、これま
での市当局の話を総合すると
①落石の懸念
②現状では緊急車両が通行できない
③保存の費用対効果の悪さ
④史跡としての価値に乏しいーといった根拠による。
しかし最近、これら主張に対する反証が相次いでいる。
「①落石」への対策は、小泉教授も指摘するように補強で保
存を実現した前例がある。隣の逗子市は、中世以来の交通路で
ある名越切通を保存するため、ボルトや充填剤で岩盤を補強した。
「②緊急車両の通行」も、実は対策済みだ。市消防本部は
鎌倉特有の狭い道をリストアップし、消火栓や患者搬送用のス
トレッチャーの使用を想定、図上訓練も重ねているという。
「③費用対効果」の面では、市民団体「北鎌倉緑の洞門を守
る会」が情報公開請求を踏まえ、市の試算に「数字の操作」があ
ると指摘した。開削、保存双方のコストを比較する際、市はト
ンネルの管理期間を40年の長期間に設定した上、開削の場合に
は「5年に1度」と定めた保守点検の頻度を、保存の場合だけ
「毎年」と設定。同会は「保存の費用が不利になるよう水増し
した」と批判している。

■価値ない?

「④史跡としての価値」も、歴史学{.keyword}者らによる史料の調査
で、市の従来の見解が覆されつつある。同トンネルを含む尾根
は、中世以来の景観で、鎌倉の領域を外界から隔てた重要な
「結界」だったという。歴史家らでつくる「北鎌倉・円覚寺{.keyword}の
谷戸{.keyword}景観の保存を求める有志の会」が明らかにした。
従来、この尾根は1889(明治22)年の横須賀線{.keyword}敷設によっ
て原形が失われたとされ、市議会でも文化財{.keyword}部が「線路部分で
削られ(略)宅地化によって削られた」「(尾根の)先端が大き
く破壊され(略)旧状をとどめていない」と答弁した。
対して、史料を示し反論するのが、伊藤正義・鶴見大文学部
文化財{.keyword}学科教授だ。旧陸軍陸地測量部や国土地理院{.keyword}などが作成
した年代別の地形図7枚を比べ、同線の開通や複線化、宅地
化などを経ても尾根の形状に大きな変化が見られないと結論づ
けた。「私は実証主義{.keyword}者だ。市の主張は当たらないと言える」
そもそも、市が「史跡の価値は失われた」と主張した根拠は、
明治期に描かれた観光客向けの鳥瞰図だった。当然、地形図の
ような正確さはない。だが、市文化財{.keyword}部は「伊藤教授の示す地
形図の信憑性は低い」と強弁するばかりだ。

■異例の発言

「鎌倉こそ、ああいう風景を残さなければならない」。臨済{.keyword}
円覚寺派{.keyword}の管長を30年にわたり務めた足立大進{.keyword}前管長が、こ
の問題について初めてロを開いた。トンネルに隣接しながらも
沈黙を貫いてきた円覚寺{.keyword}の関係者、しかも宗派の最高責任者だ
った人物の発言は異例で、保存を求める住民らも驚いている。
本紙のインタビューに応じた足立前管長は、3月下旬に独り
市長を訪ねたことを明かした。「もう一度考え直してほしいと
お願いしました」。思い余っての直談判だったが、市長は「既
に決まったことだ」との回答を繰り返したという。
複数{.keyword}の市民グル-プの保存案を挙げ「様子を見ればいいと思
います。せめて、もう少し時間を掛けて再検討する気持ちを示
してくれれば…」と唇をかむ。

■坊さんの心

トンネルは現状では、史跡や文化財{.keyword}に指定されていない。し
かし、古くから街の一角になじんだ何げない風景をこそ、足立
前管長は愛する。檀家を訪ね市内の山崎地区へ通った際に何度
も歩いた、狭い切り通しの情景が忘れられないという。後に開
削され、周辺も開発された。「惜しいことをしたと思いますね」
足立前管長は、自ら聖域の在り方をも内省する。昭和30年代、
急速に進んだ宅地化か鶴岡八幡宮{.keyword}の裏山にまで迫った時、市民
や作家、学者とともに僧侶たちも反対の声を上げた。古都保存
法の制定につながった「御谷騒動」だ。翻って今回は-。
「坊さんの心を忘れた人もいるのではないかな」。足立前管
長は重々しく語った。トンネル開削は、敷地が隣接する円覚寺{.keyword}や
その塔頭にも無関係ではない。「地所が広がると期待する人も
いるでしょう」と、檀家や墓所{.keyword}を増しつつある近年の傾向に疑問
を投げかける。「洞門はわずかに残された”文化財{.keyword}“(的存在)です
から、なんとか守ってほしい。鎌倉には綠を守った歴史がある
のですから」

【小泉教授コメント全文】

私は日本トンネル技術協会{.keyword}に委託された本検討会の委員
であったため、メッセージを出すにはかなりの抵抗があり
ます。しかし、今まで参加した委員会の中でも、この委員
会の結論には何となくすっきりしないものがあります。「結
論ありき」の委員会も多くありましたが、これほど明確な
委員会はほかになかったように感じています。「何を目的
に道路を拡幅するのか」が、解けない謎です。どのような
ものでも一度破壊してしまえばもとに戻すことはできませ
ん。現状の洞門は少し手を入れれば安全性を担保できると
思われます。しかも、景観に配慮した補強方法も十分に考
えられます。開削はいつでもできます。本当に保存できな
いかどうかを再度検討されることを望みます。
早稲田大学{.keyword}理工学術{.keyword}院
教授 小泉淳

◆北鎌倉トンネル開削問題

市が落石の危険などを理由に計画、今月4日に工事準備に着手した。
トンネルは高さ2㍍、長さ約7㍍、幅2.5㍍で、少なくとも80年以上前に岩を
掘り抜いて造られた。中世以来の交通遺跡として重要との指摘もある。
地権者は市やJR、寺院、住民など複数{.keyword}。
市は2014年8月、トンネルを含む岩盤を完全に崩し、道路を4㍍に拡
幅する案を提示。市議会は15年10月、8200万円の工事費支出を承認した。
複数{.keyword}の市民グループ{.keyword}は「景観の維持と安全確保は両立可能」と保存を
求める。2万筆を超える署名提出に加え、逗子市の名越切通に倣った補
強や、安価なライナープレート(波形鋼板)をトンネルにはめ込むなど、
複数{.keyword}の対案も。 21人の学識者は今月1日付で開削に反対する緊急アピー
ルを出した。
住民22人は今年1月、開削工事は違法な公金支出に当たるとして、松
尾崇市長に工事費を支出しないよう求める訴えを横浜地裁{.keyword}に起こした。

以上、↑引用終了

▼4月5日 JR北鎌倉駅横の現地の鎌倉側からパチリと撮影(岡田)